さて、12月も中旬に差し掛かりましたね。例年なら年賀状の追い込みやらであたふたしているハズなのですが、我が家は今年も喪中ということで幾分かのんびりとした師走を過ごしております。となれば、ここぞとばかりに撮影に出掛けそうなところですが、めぼしい被写体もあまりなく(思い当たらないだけかもしれませんが)、天候が悪いことも相まって自宅で音楽などを愛でるのが正解ではないかと思っている次第。けれど、そんな音楽もCDを3枚ほど聴いたところでお腹いっぱいになってしまうのが当然の結果。

となれば・・・

滑川渓谷。カメラバッグをハスラーに積み込んで細い山道を走ってきたものの、その閑散とした雰囲気はシーズンを過ぎた渓谷のそれでした。苦し紛れにND1000でなけなしの流れを撮ってみたものの、どう考えても露光時間が長過ぎたという結末。おまけに小雨まで降ってきて、撮影するよりも機材を守ることに意識を持っていかれるという有様なのでした。結果、撮れ高はゼロだったのですが、渓谷ではND1000は(よほどのことがない限り)使えないということがわかって悪天候の中はるばるやってきた甲斐もあったのではないかと思うのです。けれど、そのことが逆に『ND8かND16が欲しい』病の発症に繋がるとは思ってもみなかったのですが。

撮れ高ゼロ。そう、休日に撮影に出掛けて撮れ高ゼロというのはどう考えてもいただけませんよね。滑川渓谷からの帰り道、そんなことばかり考えながらハンドルを握っていたからでしょうか。ふと気がつけば、ハスラーが走っていたのは馴染みの漁港のすぐ近く。ということならば、ちょっとだけ夕景でも狙ってみましょうか。とはいえ、予想以上の渋滞に引っ掛かって日没までには到着しないというのは想定外だったのですが。

ほとんど真っ暗といっていい港に到着して三脚を立ててみたものの、吹き荒れる海風に三脚ごと持っていかれそうで怖かったんですよ。カメラのストラップがバタバタとなびいて、そのストラップが三脚を叩く音が静寂の漁港に響き渡ります。そんな中での長時間露光は、たったひとりで強風が吹き荒ぶ真っ暗な堤防に佇む恐怖心との戦いの様相。けれど、そんな荒れ狂う海風が雲の表現をダイナミックにしてくれたようで、結果、思ったよりもずっといい写真が撮れたのでした。ただ、やはりというか当然というか、少しブレの影響を感じさせる写真になってしまったのも事実なのですが。

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